みなさんこんにちは、東洋一のサウンドマシーン クレイジーケンバンドのキーボード担当、高橋利光と申します。最近の音楽系アプリはなかなか便利なものが多く、僕もライブでMIDIコントローラー系のアプリなどを使ったりしています。もちろんライブに持ち出さないまでも、ちょっとした譜面書きやコーラスの打ち合わせなどで手っ取り早くiPhoneでピアノのアプリを立ち上げてピッチの確認をする姿などはもう見慣れたものになっていますね。

今回レビューする”Chordana Viewer”はCASIOの作った音楽系のiOSアプリ。CASIOと言えば、レゲエの世界で「スレンテン」と呼ばれるリズムを生み出した”MT-40”。サンプラーが高価だった時代に、多くの人に「サンプリングした音を鍵盤で弾く」という行為の初体験をさせてくれた”SK-1”。他社が12bitだった時代にいち早く16bit化を果たし、Deee-LiteやDave Stewart & Barbara Gaskinなどのサウンドの要となったサンプラー”FZ-1”。音源部分も革新的でしたが「持ち運びに便利なミニ鍵盤でありながら演奏に十分な鍵盤数とフルMIDI対応」で、ラップトップDTMのマスター鍵盤としても長きに渡り愛された”CZ-101”などなど…数多くの名機をリリースしてきました。最近もデジタルピアノのPriviaにバンドでの使用を意識したモデルがラインナップされていたり、XW-G1/P1といったシンセサイザーを発売したりとCASIOは立派な楽器メーカーの一つなのです。そのCASIOが音楽系のアプリを出した!という事で個人的には非常に興味をひかれました。 

では"Chordana Viewer"とはどんなソフトなのか?と言うと、メインとなる機能は「楽曲のオーディオファイルをピッチ解析してコードやノートを表示する」タイプのソフトで、俗にいう耳コピ(「耳で聞いて曲をコピーする」の意)の支援ソフトという事になります。このタイプのソフトはPCにはいくつか存在していて、僕も自分のMacに一つインストールしてありますが、高度な波形処理能力とメモリーを要求されるこのタイプのソフトをiOSデバイス上で可能にした技術力は素晴らしいですね。

ただ、これは"Chordana Viewer"に限らず、僕がPCで使っている同種のソフトでもそうですが、このタイプのソフトに任せて1曲全編にわたって100%正しいコードのコピーは……残念ながら現時点では……難しいでしょう。どこかから「えー!!」って残念そうな声が聞こえた気がしたけど(笑)。だいたい、プロの採譜者が作成したバンドスコアでも演奏者側からしたら「俺はこういう解釈で弾いてないんだけどな?」なんて事が普通にあります。コードワークなどは音楽を作っている作曲者やアレンジャー、演奏者の楽曲解釈が深く関与するからです。すごく雑に例を挙げると、曲の中で「この2小節間のコードは確かにCメジャー7なんだけど…ずっとCメジャー7は弾かない」なんて事はよくあるんです。小節アタマでCメジャー7の響きが出ているのに、その後もずっとベタにCメジャー7を弾き続けていては「もう聞いた話を延々つづけるクドい上司」みたいにオケが押し付けがましくなってしまうことも…(笑)。そんな時ちょっと違うコードをちょろっと差し込んでみたり、ベースラインが即興的に違った音を経過する事でてきめんに表情が豊かになったりします。でも、このような瞬間的な変化にそれぞれコードを表記されては譜面が見にくくなるばかり。一方でロックやヒップホップなどではコードにとらわれずにリフで押し切ったりすることもありますし、エレクトロな曲ではベースの音程自体があやふやな事だってあります。ジャズではCメジャー7の小節の所なのに「そこがそういう響きなのは周知の事だから…」と、誰も表向きCメジャー7の形通りのコードなんか弾いてない事だって…。これらのケースだとコンピューターではコードネームがCメジャー7だと認識される可能性は低いでしょうね。つまり、このタイプのソフトは色々な楽器が混ざっているサウンドファイルから正確に音程を抽出する能力と、その音程たちをどう判断するのか?というインテリジェンスの部分が共に進化しなくてはいけない、とても難しいジャンルのソフトなのです。これをスマホのアプリでリリースしてくるとは!と思うと、前述の歴史的な名機達がそうであったように、楽器メーカーCASIOがもつチャレンジ精神を強く感じます。

というわけで、まだまだ成長途中のジャンルのソフトですから曲のコピーを完全にソフト任せというわけにはいかないのが実状ではありますが、それでも何も無い所から耳コピするよりはずっ~~と楽なのは確かです。特にこのアプリは上手く使えば非常に素晴らしいアシスタントになってくれるはず。というのも、先に「メインとなる機能はピッチ解析」と書いたのは、実はこのソフトはピッチ解析だけではなく、ソフト全体が耳コピに必要な機能を全て搭載した「耳コピ用ツール集」とでもいうべきアプリだからなのです。オーディオファイルのキーを変える事無く再生速度を半分の50%から倍速の200%まで変更できる、テンポを変える事無くキーを上下1オクターブまで半音ステップで移調できる(この時、解析によって表示されるコードも自動的に移調されるのは素晴らしい!)、コピーの時に繰り返し聞きたい場所A-B二点を指定してループ再生できる、といった「耳コピの必需品」とでも言うべき機能は当然のこと、ボーカルを消すボイスキャンセラー機能までついてます。

そして何より僕が気に入ったのは、ピアノやギターの音を鳴らせるソフトウェア音源の機能がついているところです。実はiOSの音楽系アプリでは耳コピ用に再生速度を落とせる音楽プレイヤー・アプリは多いのですが、それを再生しながら楽器を弾こうとするとヘッドフォンを片耳にしたり、iPhoneのスピーカーじゃ音が小さいのでケーブルを買ってきてミキサーに立ち上げたり、テンポを変更したオケをPCに転送してみたり…と、どうも今ひとつ手軽じゃなかったんですね。このソフトウェア音源はCoreMIDIに対応しているので外部にMIDIキーボードをつなげば、iPhoneだけでテンポを落としたオケをヘッドフォンで聞きつつ同時にキーボードを弾いてコピーが出来るという手軽さ。ちゃんとオケと楽器音のバランスを変えるミキサー的なスライダーも付いています。実際にやってみるとこれは凄く便利!!。このソフト音源の部分もなかなか良い音で、デフォルトでは基本的なピアノ、アコースティックギターが用意され、それ以外の音色はアプリ内課金で1音色100円で購入するようになっています。”ROTARY DRAWBAR1”というオルガンなどはラウンジーなテイストがいい感じでお気に入りです。ただ、音量のエンベロープ処理をピアノと共用しているのかな?オルガンだけど音が減衰していっちゃうのはご愛嬌(笑)。筋金入りのカシオトーン・ファンは、そういう「え!?」っていう謎の仕様(それが面白い使い道を生んできたとも言えます)が最高に好きなわけですが、アプリの場合は課金のある仕様だけにそうでない人には誤解を招くかもしれません(笑)。

それでは、このアプリの最大の特徴であるオーディオファイルの解析機能について見ていきましょう。

まずアプリを起動すると「デモ曲1~3、またはiTunesの曲を選択して下さい」と言われるので、まずは順番にデモ曲を選択してみました。すると曲の解析が始まります。これが意外と早くて驚きました。この手のソフトは数年前にはPCのものでも曲の解析に結構な時間がかかっていた事を考えるとiPhoneでこの速度は凄い!曲の長さにもよるけど、だいたい10秒~15秒ほどかな?、解析が終わると上段にコードネーム、下段にピアノ鍵盤の画面が現れ、ピアノ鍵盤には青、緑、黄色、オレンジのドットが表示されてます。色の意味が分かる資料が無かったのが残念ですが、どうやらこれらがサウンドファイルに含まれている音程を解析した結果、考えられるコードを示しているようです。

さっそく再生してみると意外にもコードの正解率の高さにビックリ!。もっとも、デモ曲はアプリのアピールポイントを判りやすくユーザーに伝えるためにあるので、アプリ側から見て解析しやすいタイプの楽曲なのでしょう。ということは、逆に考えれば、デモ曲のようなタイプのサウンドの曲は、このアプリで解析させるのに向いている曲だとも言えます。アプリ活用時の参考にしていいでしょう。次にiTunesから曲を読み込んでみました。自分がわかっている楽曲という事でクレイジーケンバンドも含めて20曲ほど試してみましたが、この場合、やはりアプリ側から見た得手不得手があると見えて、結構正解しているなという曲で正解率60%前後という印象。これを高いと見るか低いと見るかは人によると思いますが、耳コピの下準備として考えるなら個人的には十分許容範囲だと思います。そこから修正していくための「耳コピ用ツール」は十分装備されているアプリですからね。

使い始めて最初のうちは上段のコードネームの方に目がいきますが、使っていくうちにこのソフトを使いこなすためには、下段のピアノ鍵盤のところが重要な事が判ってきました。前述の音程を表示する色のついたドットですが、”デモ3”の曲のエンディングで明らかにCメジャー7の音が聞こえるのにメジャー7のノートにドットが付いていない事に気づきました。コード表記も普通のトライアドCで、不思議に思って設定に入ると”コードセット”というパラメーターがあり「基本、ポップス、ジャズ」と選べるようになっています。デフォルトではここは「基本」になっているので「ポップス」にしてみると…再び解析が始まり、今度はCメジャーセブンがしっかり表示され、ピアノ鍵盤上のメジャー7のノートにドットが付きました。「基本」ー「ポップス」ー「ジャズ」と進むにつれて複雑なコードも解析対象に入るようで、それなら最初から一番複雑な「ジャズ」にしておけばどんなコードでもOK!?…と考える人も多いのでは?。実は僕もやってみました(笑)。ところが、打楽器やギター、ベースの倍音など一瞬現れるコード進行的には意味の無い音程なども拾ってしまったのか、曲によっては、かえってコードの正解率が落ちる結果に。もちろん解析させる曲にもよりますが、僕が使ってみた感じでは「ポップス」ぐらいが一番バランスがいい気がしました。希望を言えばここのパラメーターは、より細かく設定できた方がいいかもしれません。設定を変えて解析をやり直させても、解析にかかる時間が10秒~15秒ほどという早さがここで効いてきます。

また、このアプリで驚くのは小節の概念があるというところです。コード譜なんだから当たり前でしょ?と言われそうですが、シーケンサーのように最初から小節の概念がある時間軸上にコードを置いているわけではない所が驚くポイント。つまり、このアプリは普通のサウンドファイルからリズムを”読み取って”小節を判断しているのです。デモ曲がそうである事から判るように、ミディアムぐらいのシンプルな8ビートならほぼ完璧に読み取ります。DJ用のツールとして単純に曲のテンポを割り出すようなアプリはよくありますが"Chordana Viewer"はもう少し高度なリズム検出をしているようで、実際に設定のページにはこのテンポに関する設定(早いのか遅いのか?、一定のテンポなのかそうでないのか?、拍子は?)が多くあります。このアプリが気になる方は、バンドをやっていたり自分で曲をコピーしている方だと思うので、想像はつくと思いますが、特にコードのルートを確定するためには1拍目のベースは重要度が高い…つまり、リズム判定の精度がコード解析の精度にも深く関わってくることになります。僕がiTunesから読み込んで試してみた曲の中には、曲の頭や間奏にSE(効果音的なもの)が付いていたり、リズムが無かったり判りにくい曲だったために結果的に正しいタイミングでピッチ検出が出来ず、コードが崩れているのでは?と思われる曲もありました。解析したリズムに関して、曲の始まりやビートなどをユーザーが修正できると、より認識率が上がって良いかもしれません。例えば…往年の"VL-1"のようにビートを指定するタップボタンを装備するのもありかな?なんて(笑)("VL-1"というカシオトーンはシーケンサーのプレイバックのビートを1ステップずつタップボタンで送っていく仕様だった)。

ちなみに、このアプリには無料版として"Chordana Tap"というアプリがあり、こちらもオーディオファイルの解析、再生テンポの変更、キーの移調、ボイスキャンセラー機能、CoreMIDI対応ソフトウェア音源と十分すぎるほどの機能をもっています。アプリのルックスは前述の"VL-1"風でかわいいですね。こちらはコード譜は出てこないので「スマホの画面で手軽に音源を鳴らしてミュージシャン気分で遊べるアプリ」という位置づけのようですが、使ってみたところ曲のテンポ変更の設定が表に出ているのはとても使いやすいので、この点に関しては"Chordana Viewer"の方もそうなっているといいなと感じました。テンポ変更は耳コピの時には割と頻繁に操作するパラメーターなので…。

以上、"Chordana Viewer"を触ってみた感想を書いてきましたが、やはりPCに比べてCPUパワーやメモリーに制約のあるスマホのアプリの世界で、ここまで盛りだくさんなアプリをリリースして来た事には驚きました。ソフトウェア音源や耳コピ用音楽プレイヤーなどの機能に特化したアプリはありますが、一つで全て出来る上にピッチ解析からコードを当てる機能まで…というと今のところこのアプリしか無いのではないでしょうか?。ユーザーとしてはコードの認識率にはまだ不満は残るものの、アプリとしてはバージョンも若いので(執筆時 ver1.03)今後のバージョンアップで、さらに解析能力が上がる事を期待しています。さらに想像を膨らませれば、これだけ盛りだくさんなアプリを順調に進化させる事で得た技術が今後のCASIOの音楽アプリや楽器の開発にどのように役に立っていくのか?と考えると楽しみです。例えばソフトウェア音源の部分が進化してシンセサイザーができたり、ピッチ解析技術が進化しコードの解釈に関して一段とインテリジェントなものになってきたなら、今よりもずっと高性能な作曲&アレンジ支援機能を持つキーボードや音楽教育用キーボードなども出来そうですね。ぜひ継続的な進化をすすめて欲しいと切に希望しております。では!

高橋利光

(Producer,Composer,Arranger,Keyboard Player)

1965年11月26日生まれ
東京都葛飾区亀有出身

幼少期に隣の家にピアノの先生が居たという極めて単純な理由からピアノを習う。しかしTVやラジオから聞こえてくる音楽に合わせて好き勝手に弾くのが
お気に入りだったらしくレッスンになじめずあっという間にピアノ教室を脱退。中学生の頃よりバンドを始め、大学の時にはJAZZ研に籍を置き
多くのミュージシャンとセッションに明け暮れる。

1988年、当時のバンド仲間よりレコーディングのヘルプでキーボードを頼まれ、それ以来多くのアーティストのレコーディングでキーボードを弾くこととなる。以後、アレンジャー&キーボーディストとして田村直美をはじめとして
鈴木康博、世良公則、高橋克典など数多くのアーティストと関わり
ミュージシャンとして多くの貴重な経験を得る。

2000年、かねてより友人としてセッションやら「このCDいいよ」やら酒やらを重ねていた小野瀬雅生からレコーディングのヘルプでキーボードを頼まれ
ソロアルバム「小野瀬雅生ショウ」のレコーディングセッションに参加。

2001年、バンドとしての小野瀬雅生ショウ結成。

2002年、クレイジーケンバンド”まっぴらロック”レコーディングセッション。
以後クレイジーケンバンドに参加。CKBの別働隊CKB-Annexでも活動中。

2008年、CKB-Annexにて映画「純喫茶 磯部」音楽を担当。

2009年、CKB-Annexにてテレビ東京ドラマ24「湯けむりスナイパー」の劇判を担当。

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